板橋 文夫1949年、栃木県足利市生まれ。国立音楽大学在学中よリジャズに興味を持ち、活動を始める。1971年、渡辺貞夫クインテットに参加、プロデビューを果たす。その後、日野白告正クインテット、森山威男カルテットに参加する一方、自己のトリオで活躍。アルバムを3枚発表。柳町光男監督「19才の地図」の映画音楽を担当。1982年にソロアルバム「渡良瀬」発表、全国ツアー「渡良瀬ひとり旅101ケ所」が話題を呼ぶ。1984年、11人編成の「板橋オ−ケストラ」結成、「インパクト」発表。1985年に続いてエルピン・ジョーンズ・ジャズマシーンの世界ツアーに参加。1989年に井野信義らとフオー・サウンズを結成する。その後、井野信義と仙波清彦を迎え「TO-BE」を発表。1991年レイ・アンダーソンのアルバム「wishbone」に参加、ニューヨークのピレッジ・パンガードに出演、アメリカ、カナダツアーに参加。演劇「ソングデイス」で金子飛鳥(Vi)と共演後、1992年に台湾のスタン・ライ監督の映画「暗恋桃花源」の音楽を海津和時と担当。1993年に新事務所「MIX DYNAMITE」を設立。1992年の意欲的なライブをまとめた4枚のCDを自主レーベルより発表。斎藤徹(B)と沢井一恵(箏)と「月の壺」を結成後、韓国のソウルで第1回「ユーラシアン・エコーズ」コンサートで、韓国の代表的な音楽家の金石出、李光寿、安淑善、李太白等と共演(CD化)。1994年、萩庭貞明監督「さまよえる脳髄」と台湾のスタン・ライ監督「紅蓮曾」の映画音楽を担当後、森山威男と共にヨーロッパツアー、「月の壺」で韓国・ラオス・タイツアー、「MIX DYNAMITEユニット」で国内ツアー、インドネシア・ジャカルタジャズフェスティバル、香港「ジャズクラブ」等に参加し好評を得る。1995年、タイのバンコクにて、第1回「炎熱アジア・ミックスダイナマイト・アジアに吹く風」コンサートを行い、郊外の小学校で交流、タイ各地のライブハウスに出演。竹澤悦子(箏)松田惺山(尺八)と、「ミックスダイナマイト邦楽ユニット」を結成、「地球を救うコンサート」等に出演。第3回「横浜ジャズプロムナード祭/板橋文夫〜大地の歌」で総勢15名出演。「ミックスダイナマイト」で国内各地の小中学校で交流、演奏会を開き大好評を得る。1996年、沖縄ピアノひとり旅第1回「タイ国王継承50周年記念ジャズ祭」に招待される。1997年、6月、世界で最も注目されているニューヨークのニッティング・ファクトリー主催の「ニューヨークジャズ祭」に日本人として初めて出演。その後、ローマ、パリ、ケルンなと∃一ロツパ各地のジャズ祭に出演し、ジャンルにとらわれない独自な音楽を高く評価される。9 月、アカバナレーベルより、沖縄の民謡歌手・大工哲弘をゲストに迎えCD「ウチチューメー〜お月さま」を発表。10月「横浜ジャズプロムナード祭り<板橋文夫〜大地の歌3・沖縄の風>に参加。1998年、前田祐希のジョージ・ガーシュイン生誕100年記念CD 「ジョージに恋して」のレコーディングに参加。香港映画のクリストフアー・ドイル監督初作品「A WAY WlTH WORDS」のコンポーザー、音楽監督としてクランクイン(1999年1月日本公開予定)琉球フェスティバルにて大工哲弘と共演。あらゆるジャンルにおいて、彼独自の音楽性を発揮し、全世界の板橋ファンから今後を大いに期待されてい日本を代表するピアニストである。