小山 彰太

Shota Koyama(drums)

1947年10月25日北海道生まれ。早稲田大学文学部卒業。1969年大学入学と同時にクラブ活動として、モダンジャズ研究会に入部し、日夜入りびたる。またこの間、故小津昌彦氏に師事し、ジャズドラミンクを学ぶ。在学中、沢井原児、板谷博らとバンドを結成し、徐々にライブ活動を始める.1974年、早稲田大学卒業後、大友義雄4、高瀬アキ3、板橋文夫3、池田芳夫ニューカルテットなとのバンドに参加し、プロのドラマーとしての経験を積む。1976年、森山威男の後を受けて、山下洋補トリオに入団し、坂田明と共に山下トリオの第二期黄金時代を支えた。1983年のトリオ解散まで7年間在籍、その間に数々のレコーディング、ライブ活動を行う。毎年敢行されたヨーロッパツアーにおいては、スイスの「モントリュー・ジャズ祭」(帰国後、呉でも里帰りコンサートを行った)をはじめ、ドイツの「メールス・ジャズ祭」オランダの「ノース・シー・ジャズ祭」などに参加する。また、1979 年には、ニューヨークの「ニューポート・ジャズ祭」、1980年には、インドの「ジャズヤトラ」にも出演。同年、国仲勝男、向井滋春、海津和時らと、ドイツの「ドナウエッシンゲン現代音楽祭」に出演し、好評を得る。この間、坂田明3の一員としても活躍。山下トリオ解散後、同トリオの共演者でもあった故・武田和命のグループに参加、又、新生板橋文夫3にも在籍、その後、自己のグループ「ショータイム」の活動をはじめつつ、広木光一バンド、清水末寿G、佐山雅弘G、THE北海道バンド、THE TRIO(来呉)、達磨(来呉)、板谷博とGuilty−Physic、などを経て、現在に至る。現在、自己のユニット「一期一会」の活動とともに、板橋文夫ミックスダイナマイトをはじめ、松風鉱一3、原田依幸G、幽玄(シユウミーG)、初山博G、やいろいろなセッションでひつぱりだこの超売れっ子ドラマーとして活躍している。又、HOT MUSIC SCHOOL の講師として、後進の指導にもあたっている。一方、タモリのハナモゲラ語を使ったハナモゲラ和歌ヘラハリ派の祖、山章太としても知られている。数々のレコーディングアルバムに名を連ねているが、1997年にオフノートより、初のリーダーアルバム「一期一会イン山猫」、1998 年には、ソロドラムアルバム「無言歌」をリリースした。エネルギッシュなドラミングは、日本のミュージックシーンにおいて際だっている。最後に、彼の短歌集より-=短歌集「語猿の記」より=” なくもよし なかずともよしキリギリスじやなかった ホトトギス ”

改作 ” なくも笑うも どちらでもよしホトトギス ’’改々作 ” なんでもよしさのす ん ”